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〜Nuestra patria es Yokohama
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死守せよ 軽やかに 捨てよ

映画/音楽/詩/酒/松田直樹
 
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ようやく『ブンミおじさんの森』を観てきました。優しくてどこか懐かしいような映画でした。タイには行ったこともないし、懐かしいなんて変なのですが、十代の頃、毎年夏に岩手に行っていたことを思い出しました。
朝、目を覚ますと横に寝ていた祖母の布団は畳まれていました。毎朝夜明けと共に野に出て、土や風や太陽や雨と対話ができるようになるまで作物を作っていた。東北の米が不足した時も、祖母は自分の感覚で策を施してほぼ例年通りの収穫を挙げた。
 
東京の二十三区内に住んでいると、人との付き合いのことばかりが中心になってしまうけれど、世の中には自然と共存して暮らしている人はたくさんいて、時間の流れ方、今、私たちが向かい合わなきゃいけないものが映画の中で描かれているなと感じました。乱暴に言ってしまえば、自然と共存するということは死を受け入れること。
死は平等にやってくる。震災を経て顕在化された個人の資質みたいなものがこれからもっともっと問われるんでしょう。何を残すかではなく、何をするかを大事に生きていけたら。
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4月10日に高円寺での反原発デモに行ってきました。今までいろんなデモに参加してきましたが、いつもアウェーな気分を味わっていてばかりだったので、今回はただただ楽しかったです。普段遊びに行っている高円寺で感じていた、名も知らぬ人が集っていろんな話が勝手に始まってしまうあの感じがちゃんとデモに反映されていたから。参加者が1万5千人ということでデモの全貌がつかめていなくて、各所にあがった動画を見て「あら、こんなことがあったのか!!」とか、いろんな人が書いたデモへの想いを読んであの日の出来事を思い返しているところです。
 
デモは抗議の声をあげるだけのものではなく、出会いの場だと思っています。問題に関心を持つ人との温度差との出会い、近い将来自分が起こすであろうアクションとの出会い、理屈や思考を越えた感情との出会い。解釈は無限。それを私はデモに参加している人から教わったんですよね。
原発問題は、日本が抱えている社会の矛盾を抱え込んでいるので、つつけばつつくほどいろいろ問題が出てくる。その袋小路にはまりこんでしまってわからなくなってたところに、お祭り騒ぎで視界を開き、大きな意志を持った巨大なデモを路上に出現させた。私たちの手で。
 
高円寺にはお世話になっていますが、阿波踊りといい、今回のデモといい、キャパにも限界があるような気がしています。高円寺で持ち帰ったものをまずは自分の足元から広めていく必要があるんでしょうね。


JFL開幕の目前に起きた大地震の影響で、地震前ののどかでありながら停滞したような空気を忘れてしまうぐらい世の中の動きは激変し、毎日落ち着かない日々を過ごしました。初めての松本行きが復興に向けたチャリティーマッチという形になるとは私も夢にも思っていませんでした。
松本へ向かう車窓から眺める人々の営み。大きな山が目の前にせまってくるにつれてそこで暮らす人々の姿から、津波にさらわれてしまった東北の沿岸の街が思い起こされ胸が痛みました。
 
松本は晴れ。風が冷たかったですがフットボールを待ち望んでいる人たちでスタジアムは賑わっていました。試合前に募金箱を持って立っている松田さんはたくさんの人に揉まれて緊張の面持ち。自分が出場する試合の前にこういう形でファンの人の前に立つなんて横浜にいた頃は考えられなかったでしょう。



少し前に日本代表とJ選抜で試合がありましたが、近い将来(といってもどのくらいのことか見当がつきませんが)に必要になるのは地域の人たちが身近に感じているクラブの試合だと思います。ここにくれば会える人々は私の分身でもある。クラブは私たちサポーターのもの。たくさんの人と作り出す社会。社会を動かす熱意や感情。そういった諸々がここにはある。
そういったクラブを形成していくものを知るきっかけになったのは、私にとっては松田直樹という一人の選手であり、横浜Fマリノスでもあります。
 
試合後の選手の挨拶の中で「こういったなかで、このままサッカーを続けていっていいのかどうか悩みました」という言葉はあのスタジアムに集った人々の心を捉えていたと思います(JFLではプロ契約している選手だけではなく、働きながらチームに所属している選手もたくさんいます)。 
ネットや人の口を通して日々伝えられることに、自分はこれからどうやって生きていくのか。そして原発の事故によって露になった労働問題や大企業に利益が集中する消費生活への依存、同調圧力。それらはそっくりそのまま自分にも当てはまり、これらに反対の声をあげることはそのまま自分に跳ね返ってくるようで悩みはつきませんが、それらの悩みをプラスに変換するのは人々との対話だと確信しています。
いろいろなものが復興したとしても、私はもう震災前の心境には戻れないでしょう。のどもとすぎれば…みたいな人もたくさんいるとは思いますが、これからは与えられたものに乗っかるだけでなく、自分で考えて形成していく力、間違いをやり直し軌道修正もできる大きな寛容性が求められていくんだと思います。長期戦だものね。


旗の元に想いが集う。山雅のダンマクはセンスのいいものが多かったです。

 
震災があって時間の進み方が今までと明らかに違いますね。振り回されたり、抵抗してみたりと緊張感のある日々が続きます。今までののんびりとした生活にはもう戻れないのかもしれないという諦めの気持ちの直後に、自分の生活を見直すきっかけになったなぁと思ったりもしています。
 
土曜日はソウル・フラワー・ユニオンのライブを渋谷で観てきました。行かないつもりでいましたが、震災直後にチケットを購入。阪神大震災で音楽集団としてのあり方が変わったバンドのライブにこのタイミングで期待しないというのは、無理な話。会場は満員でございました。
そんな空気を知ってか知らずか「今日は音楽をやります」開口一番放った中川の言葉、明らかに力のこもっているのがわかる演奏、あえてさらりと演奏した『満月の夕』。耳になじんでいた唄が別の意味を連れてくるような気がしてなりませんでした。
でも、絶望とはほど遠くって、震災以来、体のものすごく奥にひっこんでいってしまっていたものが少しずつひっぱり出されて「宴」の様相になっていく様は壮観でした。
辛抱強く、バンドを続けてくれてありがとう。今のソウル・フラワーは、私にとって心の支えというよりは、常にそこにあり、唄と共に生きていくという感じなのです。

 
国立新美術館で『シュルレアリスム展』を観てきました。澁澤龍彦を敬愛する身としては、やっぱりこういった企画展ははずせないのでございます。
作品そのものを味わうというよりは、一つのジャンルに留まらずに広がっていった運動をどのように自分たちの身の回りのことに置き換えるか。人のやってきたことなので何かしらの接点はあるだろうと。ありがたく拝見しますってーのは嫌なんです。
そういう目線で鑑賞すると深みにはまります。絵画とかはどうもピンとくるものが少なくて(やっぱり私には難しすぎる)、映画だったり、時代の空気を動かしたりする言葉だったりで立ち止まる時間が多かったかな。
久しぶりに『アンダルシアの犬』を観たけど、楽しかった。そして幾つか置かれていた、当時の冊子の中にディエゴ・リベラの名を見つけてちょっとドキドキ。
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