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〜Nuestra patria es Yokohama
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死守せよ 軽やかに 捨てよ

映画/音楽/詩/酒/松田直樹
 
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病気平癒の祈願で観に行った映画が遺作となってしまいました。
 
原田芳雄のことを好きになったのは、鈴木清順の『ツィゴイネルワイゼン』だったと思います。私ぐらいの世代の人はそういう人多いかもしれません。生意気にも「ああ、大人の男の人だな、でも素敵な人だな」と感じました。
こんな危険なオーラを漂わせた人は周りにはそうそういないし、映画の役のことなんだからと思っていたけど『父と暮らせば』という映画の舞台挨拶で間近で見た時に、映画と現実の世界を自由に行き来できる人なんだな、この人は役柄さえも乗り越えて、徹頭徹尾・原田芳雄として生きてるんだと感じたので、その日から勝手に芳雄と呼び捨てにすることにしました。
そういえばこの舞台挨拶の時に、母親と「私の方絶対見てた」と非常に恥ずかしい喧嘩をしたのも懐かしい思い出でございます。
 
思い入れが強すぎて、何をどう綴っていいのやらわからないんだけど、私はこれからも芳雄のことをずっとずっと好きでいると思います。タモさんとはしゃいでいた鉄ヲタの芳雄も含めてね。
 
ご冥福を心よりお祈りいたします。
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原田芳雄の病気平癒の祈願で『大鹿村騒動記』を観てきました。試写会での舞台挨拶の姿はショックだったけど、スクリーンの中の彼は、豪快で恋愛に関しては繊細。でも包容力のある、私の大好きな原田芳雄でした。
 
映画を観たり、ライブに行ったりしていろいろ感じ取れることはあるけれど、感じたことを自分にだけ還元するのではなく、社会を構成する原動力に変換できれば生きることがもっともっと鮮明になっていくし、そうでありたいと思います(なんか最近こんなことばっかり言ってるけど、これじゃあ、もうすぐ死んじゃう人みたいだねw)。
 
原田芳雄と大楠道代といえば『ツィゴイネルワイゼン』を思い出しますが、情熱とか官能的なところはもちろんこの『大鹿村騒動記』にはなく(二人とも年取ってるからね)、年老いて生きていくことの難しさも提示していたような気がします。人情ものは演技がうまい役者さんがやるとお涙頂戴になりがちで、気恥ずかしかったりするけど、それはあまり感じなかった。父ちゃんと母ちゃんに観に行けと言ってあげなきゃな。
松本山雅が土曜日の夜に試合を開催するので、夏休みを絡めて長野を旅行してきました。
今まで長野に縁がなかったことと、大きな県で旅行の組み立てが難しかったのですが、とりあえず有名どころを攻めてみました。

第1日目
長野から路線バスで一時間。戸隠神社+民俗資料館(忍者やね)を目指す。

奥社の杉並木が続く参道とか、社の奥に姿を見せる戸隠山がただただ圧倒的で、あの山は征服できんだろうと思っていたのに上級者の人は登るんですねー。
天岩戸伝説とかこじつけのようでうさんくさいなーとは思います。九州ならまだしも。神話を導入し消された神がいるのかもしれません。修験者たちの修行の場ではあったというのは事実なんでしょうけど。忍者からくり屋敷は手強くて楽しかった。わしはくの一にはなれんわ。
 
第二日目
善光寺〜松本

実は初善光寺。神社仏閣巡りをして初めて山門に登ったり、真っ暗な中を歩くお戒壇巡りをしたりと初づくし。有名どころは規模がでかいだけで楽しめないという私の思い込みがあっさりひっくり返されました。昔から女性の参拝を受け入れていたそうですが、懐が深いんですかね。また行きたいです。
午後は松本に移動し、アルウィンで試合観戦。久しぶりのアルウィンでの観戦だったけど、山雅の試合はやっぱりここで見てこそなんだな。松田さんは…自分の中の経験を伝えることを辛抱強く続けていけたらいいんじゃないかな。やっぱり去年までとはどうしたって違うよね。でも去年よりサッカーに向き合っているような気がするし、くさっていないとは思う。
雲が多かったので上空に星は見えなかったけど山の麓に灯りが広がっていて、ちいさな灯りの明滅がちっぽけな人間そのもののようで、少しだけ切なかったです。

第三日目
奈良井宿

中山道の宿場町。
ゆっくりと町並みを確かめるように歩いていたら、前から喪服の三人組が。薄ら笑いを浮かべているように見え、鈴木清順の映画の世界にトリップしたようで鳥肌が立ちました。
 
「地産地消」という言葉が旅の間、目につきましたが地域貨幣を長野県で導入したら面白いことができるんじゃないかな。
あと、頑固な気質の松本っていうのがだんだんわかってきて、景観を壊す恐れのあるサッカーチームのフラッグやポスターを街の人を説得しながら広めていくのは大変だったんだろうなぁというのが実感できたのが今回の旅の収穫のひとつ。県庁所在地でもなく、観光に頼らず、誇りをもって、自分の良いと思うものを表現し伝える。職人気質の人は住みやすいところなのかもしれない。


 
今年二度目の日産スタジアム。
試合の数日前に、山形戦のゲーフラ掲出についてのクラブからの発表を読んで「ファン・サポーターの皆様へ」という題にもかかわらず、協会とかを向いている文脈にちょっとばかし気持ちが折れていたのですが、当日はVPの事前準備から参加、計8時間近くスタジアムにいました。楽しかったと全身全霊で言えないところがややさみしいような気もするけど、スタジアムにいてこそ感じとれる場面がいろいろあって(やっぱりネットだと声高な主張が目についちゃってね、なんかうっとおしいのです)行ってよかったなと思います。
 
クラブ側の変革路線の中で戦力外とされた功治が川崎にいたわけですが、浦和から横浜に来てくれた経緯も含めやっぱり忘れられない選手です。川崎に行ったことについて嫌悪感を示している人もいるようですが、神奈川ダービーというものは存在しないと言っている人がいるように強烈なライバル関係というのも今まで見えにくかったし、そういったものは選手側には伝わっていなかったんだと思います。何はともあれ功治が1日でも長くサッカーを続けられるますように。
  
今日、Twitterで「浦和を含め、チームの勝利のためにブーイングを武器として使えるチームはJリーグではゼロである」みたいなものを見かけたんだけど、うーん、なるほどなぁと思ってしまいました。昨日の試合に関して言えば、小宮山や田中だけではダメなんですよね。それにしても川崎って応援にフェアプレー的なものをやたらと全面に押し出してたように思うけど、あんな応援だったっけ? 安全・安心なスタジアムという協会が標榜しているものに取り込まれてしまっているように見えて気持ち悪かったんですが一体どうなってるんだろ。試合中も旗振っている人ほとんどいなかったしねー。まぁ、他所のチームのことはいいですかね。
でも、協会は面倒を起こすクラブには制裁を加えてくるだろうし、これから制裁も露骨になっていくかもしれない。私たちはFootballはFootballとして後世に伝え、Footballを分つものには抵抗しないとならんのだろうなぁ。

 

 
映画『クラシコ』は、私とフットボールの関わり方を問いかけてくるような映画でした。JFLとJリーグでは資金、選手、どれをとっても単純比較ができないとは思うのですが、贔屓のクラブを応援しスタジアムに通っていくなかで築いた人と人との関係は今の私にはなくてはならないものです。ピッチの上だけでなくスタンドでの攻防。生命により近いところにある人を動かす熱意や感情。
 
震災の影響で中断されていたJリーグに続き、JFLも再開。そして連休に開催された信州ダービー。映画と松田さん効果でアルウィンは1万人を超える観客。4月のチャリティーマッチとは全然違う熱気。スタンドはJリーグに比べたら殺伐とした空気は薄めだったけど、ピッチ上は真剣勝負が繰り広げられていました。
長野に先制されたけど、前半は松本が風下だったので後半勝負だろうなと思っていたら、前半のうちに追いつき、後半ロス・タイムに逆転と映画よりも劇的な試合に立ち会ってしまいましたw
逆転ゴールを決めた木島の元へたくさんの選手が駆け寄るなか、一人でゴール裏に走って行き、そのままゴール裏を煽る松田さんに涙が止まりませんでした。
「松田直樹がこのまま終わるわけがない」
去年、戦力外通告を受けた際、元チームメイトの那須はこう言っていたそうですが、その言葉どおり、このダービーの勝利で新たなスタート地点に立ったんだなぁと思いました。横浜の松田とか山雅の松田とかそういうことではなく、フットボールを愛してやまない松田直樹が帰って来たんだ。こんなに嬉しいことはないよ。 


 

試合翌日は松本市内を観光。草間弥生のドットを独り占めしてしまいました。
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