突然の戦力外通告から年も明けて、松田さんの移籍先も決まり、ほっとした気持ち半分、複雑な気持ち半分ですが、ようやく長文を書いてみようという気になったので、未練がましくw 綴りたいと思います。
2010年はサポーター的な行動というか、理念みたいなのからなんとなく離れたいなと思っていて、観戦場所にも拘らずに試合を観て行く中で自分がやりたいことが出てきたら、周りの人に声をかけて一緒に表現していければと思っていました。それはあくまでも「横浜」との関わり方っていうつもりだったんだけど、twitterのlog見たらなんかねー、結果的に松田のために走り回った一年になってました。
ちょっと抜粋してみると(★印)。
2010/2/3 ★
Jリーグの日程出たから(おせーよ)とっとと帰って予定立てる。今年は松田さんと世代交代について考える年になりそうだね。
2010/3/5 ★
へらへら生きているワシですが、さすがに昨日は眠れなかったようです。いくら動揺していたとはいえ、晩飯のキムチ鍋に豆腐を忘れるなんてひどすぎると思うの。まずは手術が無事に終わりますように。
2010/4/3
松田復帰に向けて貸旗制作のミーティング。その後デザインを担当してくれた2HGさんとの話合いの中で、たくさんの型紙をつくり(ステンシル)、参加者それぞれが自分の考えで型紙を組み合わせて、いろんな「3」を表現することに決定。
2010/4/15 ★
人づてにトレーニングの様子は聞いてたけど、自分の目で松田が怪我と向き合ってるところをちゃんと見ておきたかった。スタジアムに戻って来た時に今までためこんでいたものを払拭できるようないい状態で迎えてあげたい。横浜にいるのはナカムーラだけじゃないんだぜ。
2010/4/17
マリノスカフェで松田直樹にエールを送る
2010/5/2 ★
実戦に向けて徐々に闘争心を纏いはじめた松田さんを見届けて、横浜を脱出。
2010/5/29
ナビスコ予選・湘南戦でスタメン復帰。貸旗を配布。
2010/7/31
リーグ・名古屋戦でベンチにいた松田をみてダンマク制作を決める。てっぺー隊長とのアイデア出しの中で出た話。
・松田がクラブにいる限り、あらゆるものを加速させたり、抗うのは松田から
・サポータの気持ちを背負えるのも松田
・横浜=松田 象徴となるような幕を作ろう
・文言、絵共にできる限りシンプルに
・幕をシンプルにすることで、幕を見た人がいろんな想いを宿らせることができるようなものが理想
・選手生活の終わりを見据え、これが最後という覚悟で製作する
2010/8/7
リーグ・アウェー仙台戦で先発。ゴールを決めてトラメガでの挨拶があった
2010/8/18 ★
暑さでぼけっとしてんのか、争いや恋に巻き込まれてるのか、腹の調子がイマイチなのか。どっちにしろ火はつけてあげないとまずいかな。
2010/10/2
横断幕完成。マリノスタウンに掲出
2010/10/9 ★
「トーナメントは結果が全て」と言いながら、全然楽しそうじゃないんだよね。もっと負荷をかけてあげないと満足しないんだろうな、きっと。
2010/11/18 ★
考えると感じるのバランスがみんな違うから人って面白いんだよなぁと思ってたけど、それ以前に、まず決まり事がないとダメって人が増えていて、私が好きな音楽やスタジアムまでそういう空気が及んできているなぁって思うことが増えた。これは横浜だけの問題ではないと思う。そういう空気の中で窒息しそうな松田の背中を見ながら、ここに踏みとどまってくれと願うのはもう意地でしかないのかもしれないけど。
2010/11/27 ★
試合後の挨拶で、松田さんがやっと笑ってくれたのが嬉しかった。今日は無失点だったからね。もう本当は、いろいろめんどくさいこととか書きたくないんだよ。松田が90分の中で、自分で納得できるプレーをして、輝いていてくれればそれでいいんだ、私は。
2010/11/28
松田戦力外通告
2010/12/4
Jリーグ最終節・大宮戦
横断幕を作ったのは、試合だけでなく、マリノスタウンで練習を見ていた時に不完全燃焼気味にメニューをこなしていた姿もひっかかっていたというのがありました。声も全然出てなかったしね。そういう理由から完成した時にスタジアムでなくて最初にマリノスタウンに掲出をしました。
クラブ側が戦力外という通告を出し、混乱した状態で向かったマリノスタウンでのクラブからの説明の中で「選手のコストパフォーマンス」という言葉が出た時は吐き気がしました。金とか社会のルールだとかそういうところから最も遠いところにいて欲しい人が、そんな理由で切られるなんて理解したくなかったから。
悔いが残らないよう姿を焼き付けようと練習見学に通ったマリノスタウンで、ゲーフラや幕を出して、たくさんの人と気持ちをさらけ出しながら話しました。あそこにはスタジアムともネットとも違う空気が流れていて、そんな中で涙をこらえながら奔走しているみんなと、こんな状況の中でも楽しい時間を持てたことは忘れられません。松田直樹に出会っていなかったら、人と協力して何かを作り上げる喜びも辛さも能動的に体験することはなかったんだな、と。私は人に気持ちを預けることができない人間だったからね。いろんな人の想いが具現化できる時間が持てる、人がいろんな感情を持って生きていることができる、笑いと涙と愛。それが私にとってのフットボール。
自分の中では、クラブ側の判断に納得がいかないと共に「松田直樹を守れなかった」という想いも強いです。あんなに辛そうに練習をしていたのに何もできなかった。サッカー選手として幸せなことは、一時の成功や名誉ではなくひとつのクラブに在籍し、あのクラブといえば誰々、誰々といえばあのクラブと語り継がれることだというツイートを流していた人もいました。全世界的にみてもそういう選手は数えるほどしかいないでしょう。
なんか未練たらしい部分が強調されてきたなぁw
とりあえず今年は、今まで横浜の応援を最優先としていた為にいろいろ手が回らなかった所にも積極的に絡んでいこうかなと思っています。戦力外通告のニュースが出た時にいろんな人から連絡がきて話をした時に、まだまだ一部のフットボールヲタの問題としてとどまってるなぁという実感もあって、もうちょっといろんな人にスタジアムに行ってもらえるようになってほしいからというのも理由です。
ほんとは松本山雅のみなさんに「松田直樹をよろしく」ってこのエントリーを締めないといけないんだろうけど、うーん。ネット上で書いて伝えられるとは思っていないのでここでは書かないです。スタジアムや松本に行かないとね、実感わかないし、行ったら行ったでやっぱり受け入れられないって大泣きするんだろうけどw あんまり今の段階からあれこれ結論だしたくないから。
というわけで、今までのblogは停止して、フットボールだけじゃなく、映画や音楽などのこともこちらに書いていこうと思います。ゆるゆるとね。